受賞のことば

柴田 奈保美

 「足で泣く」は戦前から二〇一五年までの長い物語です。モデルは私の両親と長兄です。私の生まれた家は昭和の初期からテニスラケットの製作工場を経営していました。父は経営者であっても、ラケットの職人として働き、腕の良いことではかなりの評判でした。ところが、国家総動員法が施行され、ラケットの製作中止、代わりに銃床と、そのグリップを作るよう命令されました。父は勿論、反抗などせず、素直に従いました。
 戦後六〇年になり、兄がニュージーランド旅行で、博物館を見学。ここで、父たちが製作したグリップを装着した銃が展示してあるのを発見したのです。兄はその奇跡に思わず、涙を溢れさせました。
 話を聞いた私は「書かなければいけない。父を書こう」と、突き動かされました。父は何も語らず、他界しましたが、腕利きのラケット職人がラケットを作れなくなった心情はどれほど辛かったか。決して抵抗できない、戦争の非情さと残酷さを。切なる非戦の思いから、父の心の代弁者になろうと思いました。
 当時のことは兄から聞きました。駄菓子屋を中心にして遊ぶ子どもたちの風景も面白いものでした。また、私にとって、父は怖い存在でしたが、兄から聞いていく内、職人魂をもった愛すべき父に変わっていきました。ストーリーは実話とは程遠いものにしましたが、ラケット職人としての魂と苦悩をえがいたつもりです。
 書き始めても、難しくて、なかなか完成できず、自ら鞭を打ち続けていました。
 今回の新人賞に応募し、おかげさまで、やっと、良い評価をいただきました。
 今は出版に向けて奮闘中です。
 ここまでくるのにどれだけ多くの方々の応援をいただいたか、数えきれません。
 季節風大会でもお世話になりました。この場をお借りして、深くお礼を申しあげます。

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